6日目/現地日付2月28日
ガタゴトガタゴト…
アンカラエクスプレスが走る音に起こされました。
07:07にイスタンブル到着予定ということで、かなり早めの朝食を食堂車両でとります。
到着後、まず目指すのはブルーモスクです。
曇天のため青というよりは灰色がかっているように見えましたが、6本のミナレットが美しくそびえ立っています。
内装はかなり豪華で荘厳な雰囲気を醸し出しています。高い天井から円形に配置されたシャンデリアがつるされており、幻想的でさえあります。
やはりモスクは繊細な幾何学模様とアラビア書道が見どころですね。
偶像崇拝が禁止されている宗教ならでの工夫と装飾センスを目の当たりにして、圧倒されました。
さて、続いてはアヤソフィアです。
ううむ。すらっとしたブルーモスクに比べるとなんだかいかめしくて不格好な気がしますね。が、歴史はこっちの方がはるかに昔にさかのぼります。
建設されたのは360年、その後2度の焼失を経て最終的に再建されたのは537年。それもギリシャ正教のハギア・ソフィア大聖堂としてです。13世紀初頭には一時期カトリックの大聖堂になるものの、後半にはギリシャ正教に戻りました。その後15世紀にオスマン帝国支配下にてモスクになったため、ミナレットが建っています。現在は宗教施設ではなく、博物館として機能しています。
このように大聖堂時代の遺構が残っています。
内部の天井にも大きなモザイクの聖母子像が残っています。
これは「デイシス」と呼ばれるイコンです。残念ながら下部は失われてしまっています。
大聖堂をモスクに作り替えた時、なぜこういうキリスト教的なものを消さなかったんでしょうか。
全改修はめんどくさかったのかなとか、他宗教のものだけど古いものだから壊せなかったのかなとか、色々考えたんですが、ただ単に急いでただけなんじゃないかと。
当時この町の名前はコンスタンティノープル。1261年、カトリック教徒(ラテン帝国)から奪還されて東ローマ帝国に戻されていました。しかし1453年、オスマン帝国のメフメト2世がこれを陥落、ただちにハギア・ソフィアをモスクにすると宣言したそうです。早くつばをつけとかなきゃ、じゃないですけど、全部建て直す時間がなかったのかもしれません。
まあそんなわけでギリシャ正教、カトリックの要素に加えて、モスクの主な目印であるミナレットとミフラーブが付け足されたわけです。
おかげでかなり特殊な空間というか、混乱することは間違いありません。
最後はトプカプ宮殿へ向かいます。
ここは先述のメフメト2世が作らせた宮殿です。宮殿とはいうものの、意外に装飾は質素でした。加えて、ここの目玉である宝物庫は撮影禁止。なので写真はほとんど撮りませんでした。
外に出てボスフォラス海峡の撮影を試みるも、天気がすぐれないのであまり良く撮れず。快晴だったらもっと先まで見渡せたでしょう。
続きはここから⇒長くなりそうなので続きは次の記事でどうぞ♪

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