2013年11月28日木曜日

6日目その2≪トラムに乗って≫イスタンブル

その1からの続きです。

ひととおりイスタンブルの観光名所を見たら、やっと昼食です。
ドネルケバブのランチとキウイジュースを頼みました。


エジプトのファラウラのことがあったので、キウイジュースがどんなものか心配でしたが、とてもおいしくて安心しました。フレッシュジュースなので酸っぱくてあっさり。肉料理にも合います。

レストランを出ると、前は巨大な湖。


と思っていたら、添乗員のSさんがマルマラ海だと教えてくれました。トルコのヨーロッパ側とアジア側を隔てる内海です。北は黒海と、南はエーゲ海とつながっています。黒海とつながっているところは先ほどトプカプ宮殿から眺めたボスフォラス海峡です。

団体旅行につきものの土産物屋めぐりの後はホテルへ。
荷物を置いてひと休みしたら、トラムに乗ってまたイスタンブル歴史地区へと繰り出します。

イスタンブルのトラムは本数が少ないので、方向さえ間違えなければ簡単。
乗車前に窓口でジュトン(プラスチックのコインみたいなやつ)を購入して、それを改札に入れて通過します。


Eminönüという駅で降ります。
まずはイェニジャミーから。直訳すると「新しいモスク」、つまりブルーモスクに対しての、というわけです。大きな広場に面しているのですぐわかります。
「新しい」とはいえども、建てられたのは17世紀です。


ブルーモスクに比べて、照明も雰囲気も明るいですね。
中を一周したら今度はリュステム・パシャ・ジャミーへ向かいます。もう少し先に見えています。


しかしここのモスク、入口が分かりづらいです。
狭い路地のごちゃごちゃした商店街みたいなところに入口の階段があります。途中何度も人をつかまえて確認しながら進みました。
正直言って、怪しい所入っちゃったんじゃないかと一瞬思いましたが、階段を上り、周辺の建物の屋根をこえた辺りにこじんまりとモスクが姿を現しました。


青いイズニック・タイルが美しい、小さなモスクです。端っこの方でこのタイルの柄のポーチが購入できます。(3年半経った今でもカード入れとして愛用中)
管理人のおじさん以外は誰もいなくて、私たち3人の貸切状態。ゆっくりとタイルの美しさを堪能できました。


しかし本当に誰も来ない。タイルが有名なので観光客が来ないことはないはずですが、たぶん入口が分かりづらくてあきらめる人が多いんじゃないでしょうか。こういう穴場的なせかせかしない観光スポット、大好きです。

リュステム・パシャ・ジャミーを後にすると、外はもう薄暗くなっています。イェニ・ジャミーもきれいに撮れました。


ぼぅっと浮かび上がる姿、幻想的ですね。

駅の方面に戻っていくとボスフォラス海峡に架かるガラタ橋が見えてきます。


この橋のふもとは海峡クルーズが発着するのもありにぎわっていました。美味しいとうわさのサバサンド屋さんもありましたが、私たちはこの後ベリーダンスショー&ディナーのため断念しました。
今思えば1つを3人で分けたりして食べときゃよかったな~

帰りはまたトラムでホテルに戻り、20:00にディナーショーのレストランへと出発。
正直、ベリーダンスはすごいんですが目のやりどころに困るというか何というか……女の私でさえそうですから、男性陣はさぞかし鼻の下が伸びていたことでしょう(笑)


このショーはベリーダンスだけでなく、民族舞踊も見れました。でも全体的にちょっと時間が長かったですね。もっとショー構成にメリハリをつけて欲しかったです。途中睡魔に襲われかけましたから。
最後の方は貫録のあるベリーダンサーが谷間を見せつけてお客さんと撮影大会。とはいってもお店の用意したカメラで勝手に撮られるので、写真が欲しければ購入しなければなりません。
きれいなお姉さんを指名して撮れるとかではないのでパス。

こういうのは1回観れば良いもので、今後わざわざ観にくることはないでしょう。だって東京にあるエスニックレストランの方が、きれいでスレンダーなダンサーいますもん。頭にサーベル乗っけてくれたりしてサービスもいいし。

長い1日を終えて、いよいよ明日は最終日を迎えます。
続きはここから⇒ちょっと変わり種の観光地へ♪

★★★HOLIDAY INN ISTANBUL CITY★★★
MILLET CAD 187 TOPKAPI, 34280 ISTANBUL
TEL:90-212-530-9900

6日目その1≪大陸と大陸が出会うところ≫イスタンブル

6日目/現地日付2月28日
ガタゴトガタゴト…
アンカラエクスプレスが走る音に起こされました。
07:07にイスタンブル到着予定ということで、かなり早めの朝食を食堂車両でとります。

到着後、まず目指すのはブルーモスクです。
曇天のため青というよりは灰色がかっているように見えましたが、6本のミナレットが美しくそびえ立っています。



内装はかなり豪華で荘厳な雰囲気を醸し出しています。高い天井から円形に配置されたシャンデリアがつるされており、幻想的でさえあります。


やはりモスクは繊細な幾何学模様とアラビア書道が見どころですね。


偶像崇拝が禁止されている宗教ならでの工夫と装飾センスを目の当たりにして、圧倒されました。

さて、続いてはアヤソフィアです。


ううむ。すらっとしたブルーモスクに比べるとなんだかいかめしくて不格好な気がしますね。が、歴史はこっちの方がはるかに昔にさかのぼります。
建設されたのは360年、その後2度の焼失を経て最終的に再建されたのは537年。それもギリシャ正教のハギア・ソフィア大聖堂としてです。13世紀初頭には一時期カトリックの大聖堂になるものの、後半にはギリシャ正教に戻りました。その後15世紀にオスマン帝国支配下にてモスクになったため、ミナレットが建っています。現在は宗教施設ではなく、博物館として機能しています。

このように大聖堂時代の遺構が残っています。


内部の天井にも大きなモザイクの聖母子像が残っています。


これは「デイシス」と呼ばれるイコンです。残念ながら下部は失われてしまっています。


大聖堂をモスクに作り替えた時、なぜこういうキリスト教的なものを消さなかったんでしょうか。
全改修はめんどくさかったのかなとか、他宗教のものだけど古いものだから壊せなかったのかなとか、色々考えたんですが、ただ単に急いでただけなんじゃないかと。
当時この町の名前はコンスタンティノープル。1261年、カトリック教徒(ラテン帝国)から奪還されて東ローマ帝国に戻されていました。しかし1453年、オスマン帝国のメフメト2世がこれを陥落、ただちにハギア・ソフィアをモスクにすると宣言したそうです。早くつばをつけとかなきゃ、じゃないですけど、全部建て直す時間がなかったのかもしれません。

まあそんなわけでギリシャ正教、カトリックの要素に加えて、モスクの主な目印であるミナレットとミフラーブが付け足されたわけです。


おかげでかなり特殊な空間というか、混乱することは間違いありません。

最後はトプカプ宮殿へ向かいます。
ここは先述のメフメト2世が作らせた宮殿です。宮殿とはいうものの、意外に装飾は質素でした。加えて、ここの目玉である宝物庫は撮影禁止。なので写真はほとんど撮りませんでした。
外に出てボスフォラス海峡の撮影を試みるも、天気がすぐれないのであまり良く撮れず。快晴だったらもっと先まで見渡せたでしょう。


続きはここから⇒長くなりそうなので続きは次の記事でどうぞ♪

2013年11月20日水曜日

5日目≪シルクロード:隊商の通った道≫カッパドキア→アンカラ→イスタンブル

5日目/現地日付2月27日
前日に引き続き、またもやカッパドキア観光に出かけました。

まずは鳩の谷へ向かいます。岩に穴が空いており、昔は鳩の巣の役割を果たしていました。この辺では鳩の糞をあつめて肥料として使ったそうです。


昔ほどではないですが、今も鳩は住みついているようです。


次にカイマクル地下都市を見学します。こんな所から入っていきます。まるで探検隊。


無数の通路があるため、どこが何の部屋につながっているのかさっぱり分かりません。ガイドさんに
「はぐれても知りませんよ」
と脅されたので、前の人と距離を詰め、ドキドキしながら進みます。
公開されている部分は多少の照明がありますが、デジカメを持っていない私には内部の写真は撮れませんでした。

この地下都市はカッパドキア地方で数多くあるものの中でも最大規模の1つで、最盛期には2万人が暮らしていたそうです。地下8階の層があり、迷路のような通路網はローマ帝国やイスラム教徒から逃れるのに役立ったと思われます。ちゃんと部屋ごとに機能が分かれており、食糧貯蔵庫やトイレ、教会など色々な施設を備えていたんだとか。

これだけ様々な用途にこの地方の岩が使われたのにはある理由があります。
カッパドキアの不思議な景色を構成するのは凝灰岩(下の層)と玄武岩(上の層)。このうち、凝灰岩は削りやすく、古くから人間にとって勝手のよい住み場所でした。加工がしやすいだけではありません。保温性にも優れているのです。冬は暖かく、夏は涼しく、一年を通して同じ温度で過ごすことができます。だから今でも人々は洞窟住居に暮らし、観光客向けの洞窟ホテルや洞窟レストラン等というものが存在するのです。

冒険気分を味わったあとは洞窟レストランで昼食をとり、バスでアンカラへと向かいます。
途中、塩湖が見えました。トゥズ湖です。世間に広く知られている塩湖と言えば、ボリビアのウユニ湖ですが、ここもキラキラとしてきれいでした。途中停車はしなかったため、撮影かなわず。

アンカラへ向かうこの道、どうやらシルクロードです。だってケルバンサライ(隊商宿)がほら!


けっこう立派な建物ですね。時間の都合上、中には入れませんでしたが、きっと部屋数もいっぱいあって、厩舎も広いんだろうなあ。昔、人々が通ったのと同じ道を行くのって、ロマンを感じますね。
アウズカラハン・ケルバンサライと呼ばれています。
周りには国道以外何もなく、静かな時間が流れていました。


アンカラ駅に着き、夕食を済ませた私たちはホームで22:30発のアンカラエクスプレスを待ちます。
イスタンブールまではこの寝台列車に乗って移動します。寝台列車ってワクワクしますよね!
朝7時過ぎに着く予定なのでそれまでゆっくり休みます。

ちなみにツアー中ですが、ベルギー在住時代のトルコ人の友人、ネスリハンにアンカラ駅のレストランで再会!いろんな国の友人がいると旅行がより楽しめます。

4日目≪奇岩地帯≫カイロ→イスタンブル(乗継)→カイセリ→カッパドキア

4日目/現地日付2月26日
トルコへ移動し、カッパドキア地方を2日かけて巡ります。
カイロからは飛行機でまずイスタンブルに行き、そこから国内線に乗り継いでカイセリという町の空港を目指します。

カッパドキアで有名なのは奇岩の風景。まずはパシャバーのキノコ岩を見に行きます。妖精の煙突とも呼ばれていますが、どういう風に浸食されたらああいう岩ができるのか、何度見ても不思議な光景です。生憎の曇り空ですが、おかげで幻想的な写真が撮れました。



次に向かったのはギョレメ国立公園。紀元前12世紀頃まではこの辺りはヒッタイト文化の中心地でした。その後いくつもの王国が興っては滅び、4世紀頃になるとキリスト教徒が移り住んできました。彼らはローマ帝国の迫害から逃れてきた、いわゆる隠れキリシタン。カッパドキアの奇岩の中に教会を作り、地下都市を作ったのです。


岩の中に入ると、そこは薄暗くひっそりとした教会です。暗いためきれいな写真は撮れませんでしたが、壁画が思いがけなく鮮やかにあちこちに残っていました。



信仰の場というのは何となく厳かな気持ちになります。特にここに生きていた人たちは厳しい迫害を逃れてもなお、信仰心を持ち続けて懸命に生活していたわけで、そのひたむきさを伝えるこの教会に感動を覚えました。

さて、この日の最後の見どころはウチヒサール。トルコ語で「3つの要塞」の意味を持つ名の村です。
その名の通り、この村には要塞として機能していた岩があります。ゴツゴツしていてなんだかいかめしいです。


村の名は「3つの要塞」ですが、他の2つは別の場所にあるとのこと。個人的には、ウチヒサールは遠くから撮った方がかっこいいと思います。


見慣れぬ風景に頭がグルグルしてきたので、そろそろホテルへ。
ツアーの何人かは洞窟ホテルに泊まるため、いったん解散しておやすみなさい。


★★★RESORT DEDEMAN CAPPADOCIA★★★ 
URGUP YOLU 2KM, 50200 NEVSEHIR
TEL:90-384-213-9900

2013年11月13日水曜日

3日目≪ピラミッドだらけの日≫カイロ→ミト・ラヒーナ(メンフィス)→ダハシュール→サッカラ→カイロ

3日目/現地日付2月25日
エジプト最後の滞在日です。そしてお待ちかね、様々なピラミッドを見まくる日です。

ピラミッドと言えば、ギザの3大ピラミッドです。クフ王、カフラー王、メンカウラー王の3つのピラミッドがギザの街と隣り合わせに位置しています。一般的なイメージとしては、延々と続く砂漠の中にどーん!といきなり現れる感じかと思いますが、現実にはこんな感じ。


ここじゃないと見れない風景です。

日本では考えられない風景と言えば、他には……


斜めになってて見づらいですね、すみません(汗)

えーこれはですね、現地の方がラクダに乗ったまま店先で買い物をしているところです。
ラクダに乗るというだけでも我々日本人には珍しいのに、そのまま買い物!でもそうですよね、いちいちコブの前によじのぼったり滑り降りたりするの、面倒ですよね。ちなみにエジプトのラクダはひとこぶラクダです。でも土産屋のラクダのぬいぐるみはふたこぶだったりします。

ちょっと脱線しましたが、ギザのピラミッドは中に入ることができます。とはいえ、ミイラや宝石や棺などはすべて博物館に保管されているので、実態は何もないピラミッドの階段を中腰で上り下りするというエクササイズです。ぎっくり腰の方にはおすすめしません。
私たちがお邪魔したのはカフラー王のピラミッドです。唯一頂上に化粧板が残っているのですぐそれとわかります。かつてはどのピラミッドも全面が化粧板に覆われ、太陽の光を受けてキラキラと輝いていたそうです。今はほとんどその名残はありませんが、これだけ巨大な建造物ってだけで王の風格は十分伝わってきます。

ギザの3大ピラミッドを1枚の写真に収めてみました。クフ王のはてっぺんが欠けたやつ、カフラー王のは化粧板が残っているやつ、メンカウラー王のはどちらでもないやつ、と覚えればすぐ見分けがつきます。


また、あちこちに小規模なピラミッドが崩れた跡が見られますが、それは王妃たちのピラミッドなんだそうです。王のピラミッドほど大きくなかったので風化してしまったんでしょうね。

そしてエジプトと言えば、これも。


なんか私のイメージしていたスフィンクスはもっと優美だったんですが、これはこれで圧倒されます。あ、この正面には確かにあの有名なケンタッキー・フライド・チキン スフィンクス店がありましたよ。入りませんでしたが。
代わりに昼食に頂いたのはハト料理。出てきたのは……


想像以上にハトの形のままのグロテスクな代物。しかも身が小さくてあまり食べるところがありませんでした。しかしこれでも現地の人にとっては高級料理なんだそうです。

昼食後に向かったのはダハシュール村。ここには赤のピラミッド屈折ピラミッドがあります。カイロから少し離れ、こんなのどかなナツメヤシだらけの場所にあります。


しばらく進むと緑が消え、堂々とした赤のピラミッドが姿を現します。


頂上の角度がかなりの鈍角のため、だいぶ離れないとその全貌をカメラに収められません。
そして赤のピラミッドに背を向け、180℃転換すると遠方に屈折ピラミッドが!


途中でカクッと折れたような、独特な形のピラミッドです。
三角形のピラミッドしか知らなかった私にとっては衝撃的な出会いでした。
この後もう1つ変わり種のピラミッドを見に行くんですが、その前にメンフィス遺跡へと向かいます。

メンフィスはミト・ラヒーナという村に位置します。かつて古王国時代に都だった所ですが、今はダハシュールみたいなのどかな村です。
そこに何があるかというと……


巨大なラムセス2世像が横たわっています!全長15メートル!巨大すぎて全体像は撮れませんでしたが、現地ガイドのヘバさんに教えてもらって、こんなお茶目な写真が撮れました。


正直言ってここの遺跡はただのラムセス2世自慢大会でした。あらゆるポーズのラムセス2世像があるだけなので、別に行かなくてもいいかな?と個人的には思いました。
あと、人によっては受け付けないほどトイレが汚いです。しかもバクシーシはちゃっかり請求されます。

そしてエジプト滞在最終日を飾るのはサッカラの階段ピラミッド!正確に言うとジェゼル王のピラミッドなんですが、実はこれ、史上初のピラミッドと言われております。近くにパピルスの茎を模した柱の葬祭殿があり、ピラミッド複合体を形成しています。


一番古いピラミッドなだけあり、私たちが訪ねた時も入念な復元作業中でした。
100年、200年経っても見る人が感動を覚えられるように、こういった遺跡の保存は大事だと思います。
ちなみに小規模なピラミッドたちは崩れてしまい、ちょっと気の毒な姿でした。


一日中バスに乗って移動ばかりだったので、この日はかなり疲れました。
翌日はトルコへ移動するのでさっさと荷造りして就寝です。

続きはここから⇒トルコではデコボコと一面岩だらけの風景を見に出かけます♪

★★★GIZA PYRAMIDS★★★
入場料60LE(約1,200円)

★★★THE SECOND PYRAMID★★★
入場料30LE(約600円)

★★★DAHSHUR★★★
入場料30LE(約600円)

★★★MIT RAHINA MUSEUM★★★
入場料35LE(約700円)

★★★IMHOTEP MUSEUM & SAQQARA★★★
入場料60LE(約1,200円)

2013年11月2日土曜日

2日目≪教科書の中の世界≫カイロ

2日目/現地日付2月24日
いよいよカイロ市内の観光が始まります。

最初の目的地はムハンマド・アリ・モスク
ムハンマド・アリはエジプトの近代化、西欧化を進めた人物です。世界遺産に指定されているカイロ歴史地区に、アイユーブ朝の始祖であるサラーフ・アッディーンが作らせた要塞があります。この城塞に取り囲まれた敷地内にムハンマド・アリ・モスクがそびえ立っています。


このモスクの中にムハンマド・アリは眠っています。イスタンブルのブルーモスクをモデルにしたので、両者はよく似ています。ちなみに下の写真はこの旅行の6日目にイスタンブールで撮ったブルーモスクです。


ドーム型の屋根が段々になっているところなんか、本当にそっくりです。
ムハンマド・アリ・モスクの方はアラバスタ―石材を使っているので「アラバスタ―・モスク」とも呼ばれています。
モスクにはフランスから贈られたという時計台がありますが、その当時から壊れて動かないらしいです。「フランスには代わりにオベリスクをあげたのにまったく!」とガイドのヘバさんが憤慨していました。


モスクを出たところからはこんなカイロの一望が。要塞は高台に建設されているので、晴れている日はもっと遠くまで見えることでしょう。


なんだか埃っぽくて全体的に薄茶色い街なので分かりづらいですが、カイロにはたくさんのミナレットが建っています。ゆえに「千のミナレットの街」とも呼ばれているんだとか。

次に観光するのはエジプト考古学博物館。でもその前に腹ごしらえをしなくてはいけません。
ということでレストランに立ち寄り、エジプトのファーストフード、コシャリを食べます。米やマカロニ、揚げたオニオンなどをかき混ぜたもので、ソラマメのハンバーグ(意外においしい)と一緒にいただきました。


飲み物はファラウラというイチゴジュースに挑戦しましたが、実際はイチゴジャムを冷やしたような代物でまったく食事に合いませんでした。正直言って激マズでした。

エジプト考古学博物館の中は撮影禁止なので、カメラはヘバさんにいったん預かってもらいます。


写真が撮れないので、ツタンカーメンの黄金のマスクや、人間や動物のミイラなどをしっかりと見学して回ります。一番印象に残ったものはワニのミイラ。そんなものが存在するなんてここに足を踏み入れるまで考えてもみませんでした。
また、ヒエログリフに関して少し解説をしてもらいました。動物の頭が向いている方向から読み始めるらしいです。それからツタンカーメンのカルトゥーシュ(ファラオの名前を書き入れる特殊な枠)はスカラベのヒエログリフが入っているので、判別しやすいそうです。

この日の最後の行先はハンハリーリ・バザール
朝からムハンマド・アリだとかツタンカーメンだとか、はたまたナイル川


だとかで、完全に世界史の教科書に迷い込んだ気分でした。あとちょっとでヒエログリフ1行くらいは読めるようになるかも~と勘違いしそうになるくらいどっぷり歴史風呂に浸かっていました。
なので添乗員のSさんから「これからバザールに向かいます」と告げられた時はちょっとほっとしました。やっとツタンカーメンやその他ファラオたちに別れを告げ、現代エジプト世界を覗くことができます。やっと現地の人たちと交流(というか買い物の値段交渉)ができます。お堅い解説からも解放されます。

ヘバさんやSさんに「ハンハリーリ・バザールには本物の宝石やパピルスはないわよ」との忠告を受け、しばし1時間ほどのフリータイムです。MちゃんとHちゃんと私の狙いは1つ。ちょっとでもカイロに溶け込めるよう、ヘジャブを調達しようと考えていました。ヘバさんによると、相場は1枚5US$以下。その情報を頭の片隅に置いて、バザールのメイン通りに入っていきました。

すると来るわ来るわ!土産屋のおやじが口々に
「ヤスイヨヤスイヨー!ソンナノカンケネ!」
「ホセキアルヨー!バザールデゴザール!」
などと、自店のPRと日本の古いギャグを織り交ぜた不思議な呼び込みをし始めました。
私たちは笑いをこらえるのに必死です。
日本語の呼び込み文句を覚えきれない、あまり記憶力が良くないおやじは褒め殺し作戦に出ます。
おやじ1「カワイイネー」
おやじ2「オー!カワイイ!」
おやじ3「カワイクナーイ」
ん!?

とまあかなりせわしい散策になってしまい、いまいちヘジャブをどこで入手できるのかが分からないまま1巡目が終了してしまいました。2巡目でやっとスカーフを売るお店を発見し、交渉の末4枚20US$で買い物を済ませることができました。

ハンハリーリ・バザールで思い思いの買い物を堪能したあとは、ギザのピラミッドが見えるレストランで夕食です。この天気がもてば翌日の観光に期待できそうです。


続きはここから⇒テレビでしか見たことのないピラミッドが間近に!

★★★CITADEL OF SALAH AL-DIN★★★
入場料50LE(約1,000円)

★★★EGYPTIAN MUSEUM★★★
入場料60LE(約1,200円)

★★★THE ROYAL MUMMIES HALL★★★
入場料100LE(約2,000円)
※エジプト考古学博物館のミイラ室は別料金です。国際学生証を提示すれば割引してもらえます。